江戸時代の犬や猫のエサとは?絵画・文献から探るペットフード事情
江戸時代の庶民にとっても、身分の高い人にとっても、犬や猫はペットとして身近な存在でした。ペットフードもない時代、いったい何を食べさせていたのか気になりますよね。飼い主の暮らしぶりによって、与える食べ物は変わるのでしょうか。
今回は、絵画や江戸時代の本、文献などから、犬や猫に与えていた食べ物を調査、推測しました。
町の犬は人のおこぼれ

町の犬や庶民の犬は、おこぼれやごはんが中心だったようです。江戸時代、すでに居酒屋があり店先で座っている犬の絵が残っています。
人の「おこぼれ」も期待していた犬たち
江戸時代、町中をうろうろする犬が多くいました。自由に歩き回る犬は、居酒屋の前などでおこぼれをもらっていたようです。『江戸名所図会 天樞之部 巻之一』の「弁慶橋」の絵には、居酒屋の前に2匹の犬が描かれています。(右側中央)
出典:「江戸名所図会1」(267-0084-0001)、国立公文書館デジタルアーカイブ、
https://www.digital.archives.go.jp/item/2852802
(画像の一部をトリミング)
1匹は寝そべっていますが、もう1匹は何か期待しているような様子でお座りをして、店の中を見ています。おそらく空腹になると居酒屋の前に座り込み、お客さんの残り物やおこぼれをもらっていたのでしょう。
江戸時代の居酒屋メニューは?
では、江戸時代、居酒屋ではどのような食べ物を提供していたのでしょうか。
明治時代に出版されたと考えられる風刺画『無題』(居酒屋を描いた作品)には、江戸時代の面影を残す居酒屋の様子が描かれています。
店先のたらいに魚やタコが入っていて、料理人が赤い魚をさばいている様子がうかがえます。さらに軒先には魚も干しているため、メニューには魚料理もあったはずです。犬たちも、貴重な動物性タンパク質として、時々は魚をもらえていたかもしれませんね。
出典:『(無題)』. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1310787 (参照 2026-09-16)、(2ページを結合して掲載)
犬の飼育書が勧めた米ぬかや豆腐のおから

江戸時代の人々の主食は、お米でした。当然、犬もお米を食べることが多かったと思われます。お米を食べさせていただろうと、実際に推測できる本があります。
江戸時代に発刊された庶民向けの犬の飼育書、『犬狗養畜伝(けんくようちくでん)』です。中に、食事についての記述があります。著者は愛犬家でもあった「暁鐘成(あかつきかねなり)」という文筆家です。
その中で暁は、「犬は残りものを探して食べる性質の動物だ」として、米飯ばかりを満腹になるまで食べさせてはだめだと警告しています。
「可能なら、冷たいおかゆ、お櫃を洗った水、新米のぬかを水で練ったもの、豆腐のおから、ソバ、小豆のおかゆを与えましょう」とアドバイスしているのです。
米ぬかにはタンパク質やビタミン、ミネラルが、豆腐のおからには植物タンパクが含まれています。雑食性の犬には、もう少し動物タンパクを与えたいところですが庶民の限界もあったのかもしれません。
収容所の犬にはお米が送られていた

「生類憐みの令」が発令されたこともあり、元禄8年(1695年)には現在の東京都中野区に、江戸にいる犬を収容する犬小屋が設置されました。
年貢米をもらう犬たち
江戸の犬は野犬も含めて幕府の犬となり、犬の収容所に保護されます。保護された犬たちは、8万頭以上いたとされています。8万頭の犬たちにはエサも支給されていました。
実際に、年貢米が納められたという記録が残っています。記録によれば犬1匹あたり、1日に米が3合与えられていました。また別の記録では、1日の米の量は50俵(ぴょう)にも及んでいたそうです。
ちなみに1俵は、一般的には約60キロとされています。お米を炊く労力も大変なものだったのではないでしょうか。
収容所の犬は味噌と干しイワシも食べていた
米だけでは栄養が心配ですよね。実は米以外に、味噌と干しイワシも支給されていました。11匹につき味噌を五百目、干しイワシを1升与えていたそうです。
五百目の「目」は重さの単位であり、「匁(もんめ)」とも表します。一匁が3.75gなので、約1.9キロのお味噌を犬11匹で分けていたということです。
イワシ1升は約1.8リットル分と計算できます。リットルで示すのはわかりにくいのですが、およそ10合と考えると理解しやすいでしょう。11匹で分けるので、1匹あたり0.9合程度のイワシを食べていたということになります。
身分の高い人に飼われる狆の食事は特別?

一方、大名や姫など、身分の高い人々に寵愛された小型犬「狆」の食事は、ちょっと特別だったようです。『狆飼養書』という江戸時代に作成された狆専用の飼育書があります。
食事について、離乳食は「ごはんを糊状にして、味噌汁を加えかつお節を入れたものを少しずつ与える」などと書かれています。
妊娠した狆の乳の出をよくするために、「40~50日目から、ごはんにうなぎを細かくしたものと味噌汁を入れたものを与える」とアドバイスしています。
一方で、漢方の観点から「狆は熱の高い動物なので、かつお節やうなぎ、卵、魚肉を食べさせると胃腸に湿熱を生じ、いろいろな病気を発症する」といった注意点も書かれています。妊娠中のうなぎや離乳食のかつお節は、特別だったのかもしれません。
『犬狗養畜伝』に出てくる「豆腐のおから」、犬の収容所で与えられていた「干したイワシ」よりも、細かい気づかいが伝わりますね。
江戸時代の狆については、こちらの記事で詳しく解説しています。
https://cheriee.jp/articles/52943/
猫はネズミとねこまんま

江戸時代の猫は、ネズミを捕るために人々に飼われていました。つまり食事のメインは、ネズミだったと考えられます。さらに飼い主からは、ごはんにかつお節をかけた「ねこまんま」ももらっていたようです。
『朧月猫の草紙 おこまの大冒険』から見る猫のごはん
猫が登場して大活躍をする小説、『朧月猫の草紙』(1842年)は、江戸時代のベストセラーでした。お話の中では、猫がネズミやスズメのひな、昆虫を捕って食べるシーン、人が猫に魚やごはんを与えて食べさせるシーンが出てきます。
食べさせていた食材については、猫好きとして知られる作者、山東京山(さんとうきょうざん)が実際に与えていたと予想できます。お話の舞台が鎌倉ということもあり、魚がたくさん出てくる点も特徴です。どのような食材が出てくるか、いくつか紹介します。
人からもらった食べ物
お屋敷や道中で出会った人々から、さまざまな食べ物をもらっています。
- 尾頭付きのタイ
- ヒラメの刺身
- タイのかまぼこ
- キスの切り身
- かつお節
- ニシンの煮つけ
- かつお節たっぷりのごはん
- キハダマグロの刺身
- カステラ
- 茶飯に豆腐の汁とかつお節をかけたもの
狩りで捕って食べたもの
人からもらうだけでなく、お話の中で狩りもしていました。
- ネズミ
- チョウチョ
- スズメのひな
- 金魚
- キリギリス
昆虫類を食べると「お腹を壊す」という描写があります。実際猫が昆虫を食べてお腹を壊すのでしょうか。基本的には様子見で大丈夫のようですが、毒性のある虫を食べた場合など、まれに消化器症状やアレルギー反応が出る恐れはあるようです。
筆者が飼っていた猫は、セミを捕まえて食べていたことがあります。特に問題はありませんでした。
山東京山は、たまたま猫が虫を食べたあとに具合が悪くなったのを見たのかもしれません。
篤姫の猫の食事はドジョウやかつお節
大奥で有名な「天璋院篤姫」は、猫を飼っていました。最初に飼った「みち姫」はすぐに死んでしまいましたが、次に飼った「さと姫」は16年生きたそうです。
精進日のエサ代だけで費用はなんと年間25両。現代のお金に換算すると250万円もかかっていました。当時としては長生きなのは、エサが良かったからかもしれません。
歴代将軍の命日といった精進日が月に7~8日ありました。その間、大奥では生魚を食べられず、さと姫に与えられていたのはドジョウ、かつお節だったといわれています。
日ごろの食事では、篤姫と同席し、姫から食べ物を分け与えられていたそうです。篤姫が好んだ食事は、アワビやキビナゴ、薩摩の赤みそ、さつま揚げなど、出身地鹿児島の食材が多かったそうです。
さと姫も、キビナゴやさつま揚げをもらっていたのかもしれません。
江戸時代の漁業とかつお節

獣肉は基本的に禁止されていた江戸時代、犬も猫も魚を与えられていたようです。「ねこまんま」のごはんに乗せる「かつお節」も、すでにあったことがわかります。
江戸時代は漁業が盛ん
今のように冷蔵冷凍の技術はなかったものの、江戸湾では漁業が徳川幕府によって奨励されていました。日本橋魚河岸では、魚を徳川幕府に献上する義務がありました。余った魚は、庶民らに売られます。
かつお節の加工技術も確立
「猫にかつお節」ということわざがあるように、猫にとってかつお節は大好物です。現在のような、燻製と乾燥、カビ付けの製法で作るかつお節は江戸時代、土佐で始まりました。風味があり、さらに保存性も高いかつお節は江戸時代の人々の食事に欠かせなかったようです。
おこまがもらったかつお節も風味があり、猫たちにとってもおいしかったでしょう。
まとめ

今回は、江戸時代の犬や猫は、何を食べていたのかについて絵画や、小説、資料などから推測してみました。
町中にいる犬の場合は、お米を食べることが多かったようです。居酒屋の前に居座り、人から残りものをもらうケースもあったと考えられます。犬の収容所で与えていたのは、米や味噌、干したイワシだったと記録が残っています。
一方で、身分の高い人に飼われていた狆は刻んだウナギやかつお節をもらうなど、町中の犬に比べるといいものを食べさせてもらっていたと推測できます。
猫は、基本的に自分が狩ったネズミを食べていました。人からは、ごはんにかつお節をかけた「ねこまんま」や魚をもらっていたようです。
贅沢なごはんをもらっていた猫もいます。篤姫の猫「さと姫」は、精進日のエサ代だけで年間250万円ほどかかっていました。姫と同じレベルの高級なものを食べていたと考えられます。
このように見てみると、江戸時代の犬も猫も人のすぐそばで暮らしていたと食べ物からもわかりますね。食べ物の歴史をたどることは、人とペットの暮らしの歴史をたどることでもあるといえるでしょう。
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