昔の人はペットにどんな名前を付けていた?奈良〜江戸時代を調査
犬や猫など、ペットを飼う際はまず名前を考えますよね。名前を付けた時点で「うちの子」という特別な存在になったと実感します。
では、昔の人はペットにどのような名前を付けてきたのでしょうか。いつの時代から名前を付けるようになったのかも気になりますよね。
そこで、今回は現存する資料から、時代ごとにどのような名前があるか調べてみました。
奈良時代から平安時代の犬や猫の名前

まずは、奈良時代や平安時代の犬や猫の名前を紹介します。当時から、名前を付ける習慣があったようです。
奈良時代の犬の名前「麻奈志漏」
奈良時代、応神天皇が飼っていた狩猟犬には「麻奈志漏(まなしろ)」という名前がありました。応神天皇の狩りに同行し、イノシシと戦って命を落としたため、墓を作って葬られたという話が『播磨国風土記』(713年ごろ)に記されています。
「まなしろ」とあることから、白い犬だったのかもしれません。ペットというより、狩りのお供をする犬だったようですが、主への忠誠心があったのでしょう。ただし、本当に実在した犬かどうかは定かではなく、人だったという説もあります。
一条天皇の猫の名前が日本最古
清少納言による『枕草子』(1000年ごろ)に、一条天皇が溺愛した猫の名前が記されています。猫の名前は「命婦(みょうぶ)の御許(おとど)」。猫の名前として日本最古と考えられています。
「命婦」は当時の高貴な女性に与えられた称号で、「御許」は敬称です。つまりメス猫だったと考えられます。身分を与えられるほど、天皇にかわいがられていたのですね。なんと、専門の乳母までついていました。
『枕草子』に登場する犬「翁丸」
同じく『枕草子』には、「翁丸(おきなまろ)」と名付けられた犬が出てきます。宮中で飼われ、特に皇后定子がかわいがっていたようです。
「翁」というと「おじいさん」のイメージがありますね。おじいさんを思わせるような、毛の生え具合や表情だったのかもしれません。
「丸」は男性の幼名に使われていたため、「翁丸」はオス犬だったと推測できます。
その翁丸が登場するのは、第六段の「上にさぶらふ御猫は」です。
翁丸は、乳母の冗談を真に受けて命婦の御許に襲いかかってしまったことで一条天皇の怒りを買い、さんざんな目に遭います。
ボロボロになった翁丸を見て、「桃の節句では頭に桃や柳の飾りを付けてもらって、あんなに得意げに宮中を歩き回ったのに」と周囲は憐れみます。名前をもらい、桃の節句には飾り立ててもらうほどかわいがられていても、位のある猫よりは下の立場だったのですね。
宇多天皇の猫は名前がない?
一条天皇より100年ほど前、887年に即位した宇多天皇も大の猫好きで、黒猫をかわいがっていました。『寛平御記』には、猫について「うちの猫は美しい墨のように黒い猫」「丸くなった姿が黒い宝玉」「歩く姿は雲の上を渡る龍のようだ」と絶賛しています。
これだけ好きなら、黒猫には何らかの名前が付いていそうなものです。しかし、猫をどう呼んでいたかは一切書かれていません。
ヒヨドリに名前があった後白河上皇の時期

名前が付いていたのは、犬や猫だけではありません。平安時代の貴族が好んで飼っていたヒヨドリにも名前がありました。『古今著聞集』には、後白河上皇の御所でヒヨドリの鳴き声を競う「鵯合わせ」が行われたことが記されています。
その際に出場したヒヨドリには、それぞれ「無名丸」「千代丸」という名前が付いていました。
自分だけの「ヒヨドリ」として大切にする気持ちがあったのでしょう。個体の見分けが難しいヒヨドリだからこそ、名前には工夫を凝らしたのかもしれません。
鵯合わせについては、こちらの記事をご覧ください。
https://cheriee.jp/articles/55740/
鎌倉・室町時代は名前を記した資料が乏しい

鎌倉時代や室町時代も、動物を飼った記録は残っています。しかし、名前を記した資料は見つかりませんでした。
鎌倉時代を代表する作品『徒然草』の第八十九段「奥山に、猫またといふものありて」には、「飼ひける犬」として飼い犬が登場します。しかし、犬の名前は記されていません。
室町時代の皇族、伏見宮貞成(1371~1456年)の日記『看聞日記』にも、「飼い猫が犬に襲われた」という話が出てきます。日記なので、実際に飼っていた猫のはずですが、こちらも名前がありませんでした。
この時代は、書物に犬や猫の名前を記す習慣がなかったのでしょうか。名前がなかったとは考えにくく、何か理由があるのかもしれません。
江戸時代の名前は記録が多く残る

江戸時代の資料には、犬や猫の名前の記録が多く残っています。犬や猫の名前が記された墓も残っています。人々の心に余裕が出てきたからかもしれません。
庶民の猫の名前も
江戸時代といえば、大奥の篤姫(天璋院)が大の猫好きだったことで有名です。猫の名前は「ミチ姫」「サト姫」でした。「姫」と付いていることから、どちらもメス猫だったと考えられます。猫のお世話係も付くほどの溺愛ぶりでした。
一方で、庶民も猫に名前を付けて大切にしていました。深川にある万徳寺には、町の人が飼っていたと思われる猫が葬られています。名前は「実助(まめすけ)」です。こちらはオス猫でしょう。
平安時代の名前に比べると、かなり現代風になってきていますね。江東区深川江戸資料館にある、江戸深川佐賀町を復元したスペースでは、屋根の上に実助の姿を見ることができます。
井伊直孝を雷雨から守ったという、東京都世田谷区にある豪徳寺の猫は、「たま」という名で伝えられています。「たま」はいかにも猫らしい名前で、オスにもメスにも合いますね。この猫は、招き猫のモデルであるとも考えられています。
バラエティに富んだ犬の名前
東京都港区にある「伊皿子(いさらご)貝塚遺跡」から、犬の墓石が発掘されています。戒名が付いており、犬の名前が「お亀」だったとわかっています。犬なのに「亀」という名前なのは、ゆっくり歩くような子だったのかもしれません。
新潟長岡藩三代藩主、牧野忠辰(ただとき)の犬は「かふ」と名付けられています。「かふ」は「こう」と呼んだのでしょうか。「甲」などの漢字を当てたのかもしれません。
姫路藩酒井家には「さじ」という名の狆がいました。「さじ」は酒井家の菩提寺で火葬・埋葬されています。「さじ」の由来は何だったのでしょうか。
いずれも性別はわかりませんが、大切にされていたことがわかりますね。
犬の色や外見から付けたと考えられる名前も
ペットの名前を毛色から付けることは、昔から多かったようです。『犬狗養畜伝』の作者、暁鐘成の犬は「皓(しろ)」でした。「皓」という漢字には「白く光り輝く」といった意味があるので、おそらく真っ白い犬だったのでしょう。
伊勢参りをした市原綱稠(つなしげ)の犬も、字は異なりますが「白(しろ)」という名前でした。やはり白い犬だったと思われます。
ペットの供養記事でも紹介した、長崎県大村市には、肥前国大村藩の市右衛門前親が飼っていた犬の墓があります。この犬には「華丸(はなまる)」という名前が付いていました。「丸」が付いているのでオスと推測できます。「華」としたのは、犬の美しさを表したのかもしれません。
三田屋敷(現在の東京都港区)の大奥で飼われていた狆の名は、「染(そめ)」でした。白地に灰色や黒などの被毛が生えていたのではないでしょうか。なんとなくメスなのでは、と筆者は勝手に推測しています。
ペットの供養の歴史については、こちらの記事をご覧ください。
https://cheriee.jp/articles/58106/
狆の名前は役者から付けた?
江戸時代、大名や大奥で人気のあった犬が狆でした。名前が残っている資料も多く、それだけ流行したと推測できます。
大和郡山藩の元藩主、柳沢信鴻(のぶとき)の狆の名は「福」「豆」「鬼次」でした。「福」や「豆」は今もありそうな名前です。オスにもメスにも付けられそうですね。
「鬼次」だけ少し違う雰囲気なので、調べてみました。柳沢信鴻は、俳諧や芝居を好んだ人でもあったそうです。当時の歌舞伎役者に「大谷鬼次」という人が実在しました。初代の大谷鬼次が活躍したのは1743~1748年、二代目大谷鬼次は1758~1762年となっています。
一方、信鴻が執筆していた日記『宴遊日記』が書かれ始めたのは1773年です。もしかしたら、芝居が好きだった信鴻が「大谷鬼次」から取って「鬼次」と名付けたのかもしれません。
まとめ

さまざまな資料から、奈良時代から江戸時代にかけての犬や猫、鳥の名前を調べてみました。
奈良時代や平安時代には「麻奈志漏」「命婦の御許」「翁丸」などの名前がある一方、宇多天皇の日記のように、かわいがっていたのに名前が記されていない例もあります。鎌倉時代や室町時代は、名前があったのかもしれませんが、今回は資料を見つけられませんでした。
江戸時代になると、犬や猫の名前が記された資料が多く残っています。どのような気持ちで名前を付けたのかは、今となってはわかりませんが、「大切なペット」として飼っていたことがうかがえます。
関連リンク
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