日本人は鳥が好き?平安時代から江戸時代まで飼育の歴史をたどる
日本人と鳥の関わりは古く、古事記や万葉集にも、ヤタガラスやカワセミ、キジなど、さまざまな鳥が登場します。当時の人々は鳥を神格化したり、鳥に自分の思いをこめて和歌を詠んだりしていました。
そして、鳥を飼う文化も平安時代から続いています。江戸時代には、鳥の飼育がブームになり、飼育本も発行され、鳥にまつわる商売を始める人もいたほどでした。
では、日本人はどのような鳥をペットとして飼っていたのでしょうか。今回は平安時代から江戸時代までの日本人の鳥の飼育について、時代ごとのトピックをご紹介します。
スズメやヒヨドリを飼うのは平安貴族の遊び

平安時代にはスズメやヒヨドリを飼うことが流行っていました。どうやら貴族たちの楽しみだったようです。
『枕草子』に登場するペットのスズメ
平安時代は貴族の女性たちの間で「雀の子」を飼うブームがあったと考えられています。
有名な『枕草子』の26段「心ときめきするもの」で「雀のヒナを飼うことに心ときめく」と清少納言はつづっています。「心ときめき」はまさに「ワクワクする」といった意味合いでしょう。
原文は次の通りです。
「雀の子飼(こがい)。ちご遊ばする所の前わたる……」
ここでいう「雀の子飼」とはヒナからスズメを飼うことです。スズメはヒナから育てると人に懐くため、それを見ていた清少納言は「かわいくてワクワクする!」と思っていたのでしょう。
ちなみに、清少納言は『枕草子』で、当時は珍しかったオウムについて「異国の物だけれど、オウムは人の言葉を真似するらしい」と書いています。すでに海外ではオウムが人の言葉を真似していたことを、清少納言が知っていたというのも驚きですね。
『源氏物語』にも出てくるスズメ
平安時代にスズメのヒナを飼う人がいたことは、紫式部の『源氏物語』からもわかります。
「若紫巻」には
「雀の子を犬君(いぬき)が逃がしつる、伏籠(ふせご)の中(うち)に籠(こ)めたりつるものを」
というくだりがあります。これは「捕まえて籠に入れていたスズメのヒナを犬が逃してしまった」と言っているのですね。
つまり、スズメのヒナを捕まえて飼おうとしていた人がいたということになります。ちなみに、ここは光源氏が紫の上に出会うシーンとして有名です。
ヒヨドリに名前を付けていた平安貴族
平安時代の貴族らはヒヨドリもペットとしてかわいがっていたようです。ヒヨドリは今も私たちにとって身近な鳥ですが、おそらく平安時代も近くにいたのでしょう。
ヒヨドリの鳴き声は美しく、貴族に好まれたようです。「千代丸」といった名を付けて、かわいがっていたとも伝えられています。
また「鵯合(ひよどりあわせ)」といって、自分のヒヨドリを持ち寄って鳴き声を競わせる遊びも開催されていました。
九条兼実(くじょうかねざね)の日記『玉葉』には、1173年(承安3年)の5月2日、後白河上皇の御所で鵯合が開催されたという記録が残っています。
鳴き声を競うだけでなく、舞や雅楽の演奏などもあり、公卿などたくさんの人が集まったとつづられています。当時の貴族たちの娯楽の一つだったのでしょう。
鎌倉時代のブームはヤマガラ

時は移って、鎌倉時代にはヤマガラを飼って芸を教えるブームもやってきました。ヤマガラはスズメ目シジュウカラ科の小鳥で、オレンジのお腹と灰色の羽、黒い頭が特徴です。今も公園や林などで見かけますが、実は芸をすることでも有名な鳥です。
ヤマガラに芸を教えるのがブーム
ヤマガラは人懐こい鳥で、捕まえて飼う人もいました。しかも、芸を覚えるので人気があるのも当然です。
ヤマガラの有名な芸には「つるべ上げ」や「鐘たたき」などがあります。つるべ上げは、ヤマガラが井戸の水をくんでいるように見える芸です。
具体的には、鳥かごに糸をつるし、先に桶である「つるべ」を仕掛けます。中にエサを入れておくと、ヤマガラは糸を足で器用にたぐり上げるのです。「鐘たたき」は、お寺の模型についた小さな鐘をつついて鳴らす芸です。
その後はヤマガラにおみくじを引かせる芸が流行しました。ヤマガラのおみくじ芸は人気が高く、昭和になっても祭りなどで見られたほどです。
和歌に詠まれたヤマガラの飼育
鎌倉初期の歌僧・寂蓮(じゃくれん)法師は、飼われているヤマガラについて、次のような歌を詠んでいます。
「籠の内も 猶(なお)羨まし 山がらの 身のほどかくす 夕がほ(ゆうがお)の宿」
「籠の内」というところからわかるように、ヤマガラを籠に入れて飼っていたのですね。これは「ヤマガラは籠の中にいるけれど、隠れ場所があっていいなあ(自分には隠れるところがない)」と嘆いているのです。
ちなみに現代では、ヤマガラなどを含め、野鳥は鳥獣保護管理法により飼育できないので注意してください。
一方で、日本に古くからあったヤマガラの芸の文化が廃れていくことを懸念する意見もあります。鳥の保護も当然重要ですが、鎌倉時代から続いていた芸が見られなくなるのは、たしかに寂しいものもありますね。
室町時代の人気はウグイスとウズラ

室町時代も鳥の飼育は貴族らに人気でした。特にウグイスやウズラは人気があったようです。すでに、鳥を捕まえて売り買いするなどの商売もあったといわれています。
ウグイスの声を競う
室町時代になると、ウグイスの飼育も盛んになります。鵯合のように「鶯合(うぐいすあわせ)」もあり、互いのウグイスの鳴き声を競う遊びがありました。
室町時代の永享7年(1435)、伏見宮貞成親王の『看聞日記』には
「早朝、鶯合、一方鳴かず興なきなり」
「朝、鶯合、行豊朝臣、重賢持参す、行豊朝臣の鳥勝つ」
と書かれています。
「朝早くのウグイス合わせでは、一方のウグイスが鳴かなくて面白くなかった」「朝、行豊朝臣と重賢がそれぞれウグイスを連れてきて、ウグイス合わせをした。結果は、行豊朝臣のウグイスが勝った」という意味です。
一方が鳴かなければ負けはわかりますが、勝負をどのようにつけていたのか興味がありますね。誰か審判になる人がいたのでしょうか。
ちなみに、駒沢女子大学の下川雅弘先生の記述(2015年)によると、ウグイスの鳴き声の優劣についての基準などは、資料も少なく不明とのことです。
ウズラをかごに入れて飼う
上層社会の人々の間では、ウズラの飼育も盛んでした。ウズラは、日本では古くから親しまれてきた鳥です。平安時代では食べることもあったようですが、室町時代にはかごに入れて飼うことが流行りました。
やはり「鶉合(うずらあわせ)」があり、互いのウズラを持ち寄っては鳴き声を競っていたようです。日本人は自分の鳥の鳴き声を競う遊びが好きなのかもしれませんね。
公家の山科言継の日記、『言継卿記(ときつぐきょうき)』(1564年)には
「甲斐守久宗参り鶉籠仕り了んぬ」
と書かれています。これは「甲斐守久宗という人が来て、ウズラをかごに入れた」という意味でしょう。つまり「ウズラをかごに入れて飼う習慣があった」と考えられます。
江戸時代は庶民にも鳥の飼育ブーム

江戸時代中期からは、庶民にも鳥を飼うブームがやってきます。鳥の飼育書も発行され、鳥屋も大繁盛しました。
鳥屋が大繁盛の江戸時代
鳥を扱う専門店「鳥屋」が江戸時代に大繁盛します。鳥屋の誕生のきっかけは、将軍の鷹狩りのための鷹のエサとして鳥を扱ったことだったようです。鳥を捕獲する人は「鳥刺し」とも呼ばれ、糊のような「鳥もち」を竹竿の先に塗って鳥を捕まえていました。
江戸中期になると、鳥屋では一般の人向けにも鳥を売るようになります。今まで貴族や大名しか飼えなかったオウムやインコ、カナリアなどの販売も始まりました。海外から鳥がたくさん輸入されるようになったことも理由の一つです。
ただ、一般庶民にとってはまだ高価だったのか、鳥を展示している「鳥茶屋」に見に行く人が多かったと思われます。
江戸時代の鳥茶屋については、以下の記事をご覧ください。
https://cheriee.jp/articles/53318/
江戸の小鳥屋を描いた『人倫訓蒙図彙』
『人倫訓蒙図彙(じんりんきんもうずい)』という本には、江戸時代の職業や職人がイラスト付きで説明されています。
「小鳥屋・漆屋」の小鳥屋(右ページ)の説明には
「諸(もろもろ)の飼鳥を商ふ。其外鶯、鶉等の鳴鳥(なくとり)を持てば、諸方の鳥に音付(ねつ)けをする也」
とあります。小鳥屋ではいろいろな鳥を売っていて、ウグイスやウズラなどに鳴き声を教えていたのでしょうか。
いろいろな鳥かごが販売されているのも興味深いですね。中には小鳥が確認できるものもあります。

鳥ブームで飼育書『喚子鳥』も登場
江戸時代は、鳥の飼育本まで発行されるようになりました。有名な本が江戸時代の博物家・蘇生堂主人(そせいどうしゅじん)という人が書いた『喚子鳥(よぶこどり)』です。
出版年は1710年(宝永7年)で、生類憐みの令廃止の翌年に出版されました。小鳥の飼い方の指南本で、エサ選びやお薬、止まり木選びなどについて解説しています。登場する鳥は、ウグイスやヒバリ、ツバメなどです。
活発に空を飛び交うツバメをどのように飼っていたのか気になりますね。鳥のイラストや生態も書かれているため、図鑑的な要素もあると考えられます。
本書は国文学研究資料館「国書データベース」で閲覧できます。
江戸後期の飼育書『百千鳥』
1799年(寛政11年)には、『百千鳥(ももちどり)』という飼育書も発行されています。「鳥かごは清潔に保つ」といった、実践的な飼育方法がよりていねいに書かれている点が特徴です。
飼育の対象として、イソヒヨドリやカナリア、ジュウシマツ、コゲラ、コルリなどについて説明されています。
『諸禽萬益集』に見る飼育道具
これより少し早い1717年(享保2年)、江戸中期に刊行された左馬介『諸禽萬益集』には、次のような図が掲載されています。

このイラストは「ツボ巣」です。ヤマガラやシジュウカラ、ゴジュウカラなどに使えるようですね。今販売されているツボ巣とほぼ形が変わっていない点も興味深いところです。

さらに、鳥を捕まえる方法も書かれています。ヤマドリやツグミ、キジを捕まえるための道具のようです。捕まえて飼ったり、売ったりしていたのでしょう。
ジュウシマツの繁殖も盛んに
江戸時代は、ジュウシマツが日本にインドから輸入されています(中国からという説もあり)。もともとは「コシジロキンバラ」という小鳥ですが、品種改良を重ねてジュウシマツになりました。
頭頂部が巻き毛になっている「梵天」など、変わった模様のジュウシマツを作り出したのは、江戸時代の人々です。特に白いジュウシマツは縁起がいいと重宝されていました。
性格がおだやかで慣れやすく、群れで飼えるといった点から大変人気があったようです。江戸時代後半になるとジュウシマツの値段が下がり、庶民も飼えるようになりました。
鳴き声もかわいらしいため、昭和になってもジュウシマツは大人気でした。筆者の子ども時代には、当たり前のように自分の家にも友人の家にもジュウシマツがいたのを覚えています。江戸時代の人たちが作り出したジュウシマツと暮らしていたと思うと、感慨深い思いです。
鳥の飼育の歴史まとめ

日本における鳥の飼育の歴史をご紹介しました。飼育の歴史は古く、平安時代から高貴な人々は鳥をペットとして飼育して楽しんでいたのです。
平安時代はスズメのヒナやヒヨドリをいつくしみ、鎌倉時代にはヤマガラに芸を教え込みました。そして、室町時代にはウグイスやウズラを飼うブームもありました。貴族らが自分の鳥を持ち寄って鳴き声を競わせる「合わせ」も流行していたと記録が残っています。
江戸時代には鳥の飼育が庶民の間にもだんだん広がっていきます。鳥の飼育本が発行され、小鳥を捕まえたり売ったりする「鳥屋」も大繁盛するほどでした。ジュウシマツの品種改良が盛んになったのも江戸時代です。
小鳥との生活は古くから人々の心を癒していたのでしょう。現代の私たちは、野鳥に関しては保護の観点から見守ることが大切です。そして、ペットとして飼育できる小鳥との生活を楽しんでいきたいですね。
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