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コラム

家畜保健衛生所の仕事とは?公務員獣医師として働いた8年間の体験談

望月 美緒
望月 美緒 獣医師

私は普段、自分が獣医師として働いていたという話はあまりしません。時々、「以前は公務員の獣医師で、家畜の採血をしたり、解剖をして病気を調べたりする仕事をしていた」という話をする機会があると、多くの方に「犬や猫の診察をしない獣医さんもいるんですね」「獣医さんにはそういう仕事もあるんですね」と驚かれます。

動物病院で働く獣医師の姿は知られていても、公務員として働く獣医師の仕事はまだまだ知られていません。私は県の家畜保健衛生所で8年間勤務しました。家畜保健衛生所の獣医師は、1頭1頭に向き合う臨床の現場とは違い、農家単位もしくは地域単位で家畜の健康や生産、畜産振興を考えていきます。

公務員獣医師の仕事内容を、8年間の体験をもとにお伝えします。

家畜保健衛生所での業務内容

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私は主に以下のような仕事に従事していました。

① 家畜の伝染病予防・監視

家畜保健衛生所の最も重要な役割は、地域の牛、豚、鶏などの家畜伝染病の予防と監視です。農場で家畜の採血・検査を行い、病気に感染していないか確認します。

定期的な検査の目的は、感染症の早期発見とまん延防止です。もし家畜伝染病に感染している家畜がいることがわかれば、法律に基づき殺処分を行わなければなりません。

立入検査、現地調査など、屋外でする業務は想像以上に多いです。週の多くは農場への巡回で、事務所にいる時間よりも外に出ている時間の方が長いことも珍しくありません。

みつばち、馬なども対象

あまり知られていませんが、みつばちにも伝染病があり、家畜伝染病予防法の対象動物です。養蜂家だけでなく、たとえ一般のお宅で趣味で1箱だけ飼っている場合も同様で、検査に伺います。

みつばちの伝染病を目視や匂いで判断するため、家畜保健衛生所の獣医師が巣箱を開けて検査を行います。養蜂家の方が被られているようなネットの付いた麦わら帽子を被り、みつばちの機嫌がいい晴れの日に検査を行いますが、やはり刺されないかヒヤヒヤします。

競走馬や乗馬クラブの馬、牧場の馬なども伝染病の検査を行います。馬はもし蹴られたら大怪我をするだけでなく、下手をすれば命に関わることも。馬は頭がいいので、サッと首元から採血します。

馬の採血は数回行ったことがあるだけですが、馬を押さえてくれている方がいても緊張する仕事でした。

② 病理解剖と検査業務

農場で体調を崩した家畜や、死亡する家畜が増えているときは、その原因を調べるために病理解剖を実施します。解剖後は細菌検査やウイルス検査、顕微鏡での病理組織学的検査を行います。結果は農家や臨床の先生へ伝えられ、その後の飼養環境の改善などに生かされます。

私は大学で病理学を専攻しており、昔学んだ知識がそのまま生かされる場面も多く、専門性の高い業務だと感じていました。

③ 感染症発生時の緊急対応

平時は比較的規則的な勤務ですが、家畜伝染病が発生すると状況は一変します

感染拡大を防ぐため、夜間や休日の対応が必要になることもあります。防疫措置や消毒作業、関係機関との連携など、緊張感のある業務が続きます。

公務員獣医師は法に基づいて厳しい判断を下す立場でもあります。責任の重さを実感する仕事でした。

④ 研究職という選択肢もある

公務員獣医師の中には、試験場や衛生研究所で研究業務に従事する人もいます。特定の感染症や生産性を上げるための飼養管理技術について、長期的に研究を行う仕事です。

家畜保健衛生所に勤務していると、家畜に直接接するのは農家に行ったときくらいです。しかし、こうした試験場や畜産センターに勤務していると、実際に家畜を飼いながら研究をしていくため、家畜の飼養についても身をもって学ぶことができます。

⑤ 会議や研修への出席

国や県庁などの中央の行政機関や、同じ管轄内の農林水産事務所、畜産協会などとの会議に出席する機会もとても多いです。また、地域でもし家畜伝染病が発生したときの大規模な防疫演習を行うといった仕事もあります。

また、時には県をまたいで、国の施設での泊まりがけでの技術研修に参加することもあり、他の県の家畜保健衛生所職員と交流できたのは楽しい思い出です。

公務員獣医師を目指す人が少ない理由

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公務員獣医師は、家畜の健康からその先につながる食の安全、公衆衛生を支える重要な存在です。しかし実際には、この進路を第一志望とする獣医学生は決して多くありません。その背景には、進路志向や勤務地、仕事内容に対するイメージなど、いくつかの理由があります。

獣医師は少なく、小動物臨床志望が多数派

そもそも獣医師の人数自体、あまり多くありません。獣医系大学は現在日本に17校しかなく、毎年約1,000人が国家試験に合格します。新卒・既卒合わせて毎年約9,500人が合格する医師国家試験とは、だいぶ人数に開きがあります。

また、獣医系大学卒業者のうち約半数弱が小動物臨床に進み、国や都道府県、市町村といった地方自治体などで公務員として採用されるのは約12%とされています。獣医師の採用枠があっても地方では応募者が十分に集まらず、採用に苦労している自治体もあります。

異動、転勤に対する不安

国家公務員は日本国内で異動する可能性があり、地方公務員も場所によっては引っ越しを伴う異動が必要になることもあります。地方での勤務は、都会志向が強い人にとってはハードルが高く感じられるかもしれません。

行政ならではの精神的負担

公務員獣医師の仕事は、専門的な検査や指導だけではありません。動物の殺処分に関わる業務や、市民からの苦情対応、事務処理など、行政ならではの役割も担います。

こうした業務は精神的な負担になることもあります。また、公務員は数年ごとの人事異動によって仕事内容が大きく変わるため、希望する業務に必ずしも就けるとは限りません。こうした点が、進路選択の際の不安要素になることもあります。

公務員へ転職する獣医師も増えている

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公務員獣医師を最初から目指す学生は多くありませんが、動物病院での勤務を経て転職してくる獣医師は少なくありません。

「動物病院が忙しすぎてプライベートがない」「飼い主対応に疲れてしまった」「職場の人間関係が大変だった」といった理由が多いです。

私の勤めていた家畜保健衛生所でも、20人ほどの職場に4~5人は小動物臨床の経験者がいました。4月に入る新規採用職員にも、毎年新卒だけでなく転職してきた方が一定数いました。産休代替などの臨時募集で、小動物臨床を離れて職を探していた方が応募してくることも珍しくありませんでした。

臨床経験のある獣医師は、動物の扱いに慣れていることはもちろん、市民や農家とのコミュニケーション、血液検査結果の読解などに強みがあります。さまざまな飼い主と接してきた経験は、トラブル対応や調整業務の場面でも生かされます。

公務員獣医師の体験談まとめ

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公務員獣医師の仕事は、動物病院のように1頭ずつ治療するのではなく、農場や地域単位で家畜の健康を守り、その先にある食の安全や暮らしを支える役割です。

私は家畜保健衛生所で、採血による感染症の監視、病理解剖や検査、発生時の防疫対応、会議や研修などに携わってきました。大変さや責任の重さはありますが、公務員獣医師の仕事も社会に必要な大切な仕事です。

個人の価値観はさまざまですが、ワークライフバランスや福利厚生、やりがいも重要視される時代になり、地方創生も進む中、公務員獣医師を希望する獣医学生も少しずつ増えてきました。

勤務時間や産休育休制度などの福利厚生がしっかりしている分、女性でも長く働きやすい職場です。獣医師を目指す受験生や獣医学生には、一度進路の候補として検討してほしいと思います。

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