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コラム

江戸時代は犬がお伊勢参りをしていた?人々のサポートで旅した犬たち

伊藤 悦子
伊藤 悦子 家畜人工授精師 、ペット栄養管理士

江戸時代に、飼い主に代わってお伊勢参りをする犬がいたという記録が残っています。

「参宮犬」「おかげ犬」「代参犬」などと呼ばれ、首には「参宮」と書いた札、お金を通したひもを首に巻いていました。しめ縄を巻いていた犬もいたようです。しかも、道中は人々に食料やお金をもらい、宿も提供されていたというのですから驚きですよね。

江戸時代の犬のお伊勢参り、いったいどういう状況だったのでしょうか。今回は江戸時代の犬のお伊勢参りについて、ご紹介します。

江戸時代のお伊勢参りの基礎知識

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まずは、犬のお伊勢参りに関係すると思われる、江戸時代に流行した「おかげ参り」について解説します。

すべてを放り出して伊勢神宮へ

江戸時代の人々は、一生に一度でいいからお伊勢参りをしたいと深く願っていました。とはいえ、誰もが行けるわけでもなく、ある程度お金のある人しかお参りには行けなかったのです。

しかし、庶民のお伊勢参りをしたいという欲求が膨れ上がったのか、特定の年に人々が熱狂的に集団でお参りするおかげ参りが江戸中期に流行りました。

おかげ参りは「ぬけ参り」とも呼ばれ、夫は妻に、妻は夫に断りもなく、奉公人も主人に許可をもらうことなく、いきなり伊勢神宮を目指すというものです。

「伊勢神宮に参拝した証拠」があればお咎めもなかったので、行ってみたくなるのも当然かもしれませんね。

おかげ参りでは食事も宿も困らなかった

日常のすべてを放り投げた彼らは白衣を身にまとって、仲間らと「おかげでなあ、ぬけたとさ」と歌い踊って歩いていたとか。

お金がなくても道中の人々が食べ物や宿を提供してくれるので、困らなかったそうです。実はお伊勢参りの人に施しをすることは「徳を積む」とされていたため、積極的に行われたと考えられます。

不思議なことにおかげ参りは1650年(慶安3年)、1705年(宝永2年)、1771年(明和8年)、1830年(文政13年)と約60年周期で生じています。犬のお伊勢参りは、この中の明和8年である1771年頃に始まったと考えられます

お伊勢参りをした犬第一号

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そもそも当時、伊勢神宮では犬の立ち入りは禁止されていました。犬は不浄な生き物とされていたためです。

しかし、ある犬の行動が犬のお伊勢参りを可能にしました。伊勢神宮にお参りをした犬がいたことについて、記録が残っています。その記録について、『犬のお伊勢参り』(仁科邦男著/平凡社)から紹介します。

犬が本宮でひれ伏した

記録は伊勢神宮の神官によるもので、明和8年4月16日と日付まで書いてあるので、よほどインパクトがあったのでしょう。

さてその日、おかげ参りの人々で伊勢神宮はにぎわっていました。参詣人らに茶店の人が握り飯を施していたところ、赤と白の斑の小さめのオス犬がやってきたのです。茶店の人は犬に握り飯を与えました。

犬は食べ終わると外宮に向かって駆け出します。外宮北御門口から手水場(ちょうずば)に行き、水を飲むと、本宮にまで来てしまったのです。

すると、なんとお宮の前でひれ伏して、まるで拝礼するような恰好をしました。周囲の人は「犬がお伊勢参りをしている」と驚いたようです。

神官も犬をいたわった

「犬は不浄」といわれていたのに、まるで参拝するような様子を見せたため、神官たちも追い払うのをためらいました。犬をいたわって抱きかかえ、お祓い(お札)を首に結びつけてあげたそうです。

お札を付けられた犬は、今度は内宮に迷わず向かっていきました。さらに、内宮の本宮の広場で再びひれ伏したのです。「これは本当に犬がお伊勢参りに来た」と神官たちが思ってしまったのも無理はありません。

旅籠に泊まらせてもらった犬

その犬は再び来た道を戻って行きました。そして、山田上館(かみたち)の蝋燭屋与兵衛の旅籠にやって来たため、周囲の人らは犬を一泊させます。朝、犬が吠えたため戸を開けると、そのまま出て行き、家へ帰っていきました。

実は、犬は名札を付けていたため、飼い主はわかっていたのです。飼い主は山城国久世郡槙の島(京都府宇治市)の高田善兵衛でしたが、なぜ一匹で伊勢神宮に行ったのかは、わかっていないようです。

帰路は施しを受けていた

その犬は、行きは無一文だったものの、帰り道ではお伊勢参りをした犬ということで、人々が食料や銭を与えていたようです。ひもを通して首に巻き付けた銭は数百にもなり、重いことを心配した人が途中で両替してくれたといいます。

この記録は外宮神官である度会重全(わたらいしげまさ)が『明和続後神異記』に記したものなので、ほぼ間違いがないと考えられています。

人のおかげ参りについて行った犬も

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先ほどご紹介した、家族や主人に内緒で伊勢神宮を目指すおかげ参り。そのおかげ参りの人々について行って、結果的にお伊勢参りをする犬もいたといわれています。

飼い主がいない町中をうろうろしていた人懐こい犬が、どうやらお伊勢参りについていってしまったようです。おかげ参りでは、道中の人々が食料やお金を与えるなど施しをしてくれます。

ついて行けば犬もおこぼれをもらえますし、「伊勢神宮にお参りする犬」として寝床も与えられたはず。ちゃっかりついて行ってお参りをした犬がいると考えると、かわいいですね。

犬のお伊勢参りが流行

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以降、犬のお伊勢参りはだんだんメジャーになっていったようで、いろいろな人に目撃されるようになりました。人々のおかげ参りについて行く犬だけではなく、単独でお伊勢参りをする犬が増えてきたのも特徴です。

ここからは、犬のお伊勢参りに関する記録を、『動物たちの江戸時代』(井奥成彦 編著/慶應義塾大学出版会)を参考に紹介します。

奥州白河からお伊勢参りする犬

日光からの帰り道、平戸藩主の松浦静山(まつらせいざん)は、お伊勢参りの犬と道連れになったと『甲子夜話(かっしやわ)』に残しています。

静山が日光東照宮参拝に出かけた帰路、赤毛の犬がついてきたそうです。「参宮」と書いた木札がひもを通して首に巻かれていました。さらに、たくさんの銭もいっしょに巻かれていたのです。静山が周囲の人に聞くと、「奥州白河からお伊勢参りをするそうだ」と言います。

夜になって犬を見失いましたが、朝になると再び犬がついてきたそうです。静山は道中を共にするなかで、ほかの犬がお伊勢参りをする犬には吠えたてないことを不思議に思い、「これは神宮のご神徳か」と綴っています。犬が静山について行ったのは、心細かったのかもしれませんね。

途中で出産した参宮犬

なんと伊勢へ向かう途中で子犬を出産し、人々の助けを得ながら母子でお伊勢参りをした犬もいます。1813年(文化10年)に、伊勢に向かう母子犬が広島を通ったという記録があるそうです。長州藩のある人物の犬で、伊勢神宮に送り出されました。

この犬は道中、防州久米市(山口県周南市)で子犬を生みました。母犬と子犬は、里の人々に手厚い世話をしてもらったと記録が残っています。

宿駅の役人は木札に「参宮する犬なので、手厚く次の宿に連れて行ってほしい」と手紙を添えて、次の宿に送り出します。長州藩の身分の高い人の犬であったらしく、「御犬」と書いてあったとか。

さらに、「宿代は首輪のお金を使い、余ったお金はまた首輪に巻いてください」といったことも書かれていたそうです。

しかも、「首につけているお金が増えて重くなったら、両替してやってほしい」「泊まる際は、ふとんを着せてやってほしい」といった依頼も書かれており、かなり手厚い世話を受けたことがわかります。

よちよち歩きの子犬はいったいどうやって伊勢神宮に行ったのでしょうか。もしかしたら、誰か人間が交代しながら抱っこして歩いたのかもしれませんね。

どうして犬がお伊勢参りできたのか

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どう考えても犬が「お伊勢参りをしよう」と自ら思い立って旅に出るとは思えませんよね。いったいどのようにして実現させたのでしょうか。

人々の手厚い世話で実現した

道中、人々がお伊勢参りをする犬を手厚く世話をしたから、犬だけのお参りができたと考えられます。

首輪に札とお金がついていれば、「この犬は○○から来て、お伊勢参りをするのだ」と人々にわかります。宿から宿へ移動する際は、「お伊勢参りをする犬なので、よろしく」と手紙も添えてありました。リレー方式に世話をしていくので、お伊勢参りをしたあとは、ちゃんと家にも戻れていたようです

犬は犬でご飯が食べられて、温かい布団に寝られて、人々が優しくしてくれるので、いい思いをしていたのでしょう。

庶民の徳を積む心と愛情があった

また、お伊勢参りをする人に施しをすれば徳を積んだことになるのは、犬に対しても同様だったはずです。だからこそ、熱心に世話をしたのかもしれません。

ただ、犬のために寝床を用意して食事を与え、お金を首輪に巻いてあげたのは、徳を積むためだけではなかったのでしょう。銭で重くなったら両替をして軽くするなど、犬への愛情も感じられますね。

人々の心にも余裕ができていた

江戸時代は大きな戦乱もなく、豊かになってきたため、人々の心にも余裕ができたのも犬のお伊勢参りが実現した理由といえるでしょう。

1829年(文政12年)頃のおかげ参りについて「諸国より犬参る」と記した日記が、伊勢古市街道の入り口にあった薬屋の日記に残っているそうです。「諸国」とあるように、さまざまな地域から犬が参拝してきたことがわかります。

もちろん、庶民のなかには体調不良などでおかげ参りに参加できなかった人もいるでしょう。「せめて犬だけでも」という庶民の思いも感じられますね。

犬がお伊勢参りできなくなった明治時代

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明治時代になると犬への対応も変わったため、お伊勢参りをする犬は姿を消します。町中にいる犬たちが、政府の方針で処分されたためです。

町の犬がいなくなる

明治時代の文明開化とともに、犬は町から姿を消していきます。「犬は必ず飼い主がいる」という西洋の犬の飼育方法を取り入れるべきという方針のもと、飼い主不明である犬たちが処分されたためです。

江戸時代は誰かの犬だとしても、つなぐことはなく町中をうろついていました。「里の犬」「町の犬」という感覚だったのでしょう。そういった犬も、飼い主がいないということで当然処分の対象になります。当然ですが、お伊勢参りをする犬も見かけなくなっていくのです。

最後の記録は明治7年

お伊勢参りをした犬の最後の記録は、1874年(明治7年)、日本橋新和泉町(東京都中央区人形町)の古道具屋、角田嘉七の白い犬だといわれています。

といっても、実際に飼っていたわけではなく、野良状態の犬を見て「処分されるかも」と哀れに思った主人が、自分の名前と住所を書いた札を付けてあげたそうです。

そのため、「お参りする参宮犬」だと周囲の人は思い、お伊勢参りをさせました。そして、無事に角田嘉七の元に戻ってきたそうです。この犬の記録以降、お伊勢参りをした犬の資料はありません。

江戸時代の犬のお伊勢参りまとめ

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江戸時代には、お伊勢参りをする犬がいました。たまたま伊勢神宮に入って行って、本宮で「フセ」をした犬が第一号だったようです。その後は、おかげ参りについて行って参拝する犬、飼い主に代わってお伊勢参りをする犬が登場するようになりました。

人々は、お伊勢参りをする犬に食事や寝床を与え、手厚く世話をしたのです。首に巻いた銭が増えて重くなれば両替をしてやり、犬が困らないようにサポートをしました。途中で出産した犬は、母子での参拝ができたほどです。

しかし、明治時代の文明開化とともに、お伊勢参りをする犬は姿を消していきます。お伊勢参りをする犬は、江戸時代の人々の優しさや信心深さ、心の余裕がもたらしたものだったのかもしれません。

関連リンク

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