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コラム

江戸時代はネズミのペットブーム?2種類の古書で見る当時の飼育事情

伊藤 悦子
伊藤 悦子 家畜人工授精師 、ペット栄養管理士

江戸時代には、ネズミをペットとしてかわいがるブームがありました。なんとネズミの飼育本が出版されるほどの人気ぶりだったのです。

その飼育本とは1775年発刊の『養鼠玉(ようそたま)のかけはし』、そして約20年後の1787年発刊『珍玩鼠育草(ちんがんそだてぐさ)』の2つ。どちらもネズミへの愛を感じますが、微妙に考えも異なるようです。

この記事では、2つの飼育本から見る江戸時代のネズミの飼育事情についてご紹介します。

ネズミ飼育の入門書『養鼠玉のかけはし』

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明和元年(1764年)頃に大阪で発刊されたネズミ飼育書です。上方でネズミの飼育が流行っていたため大阪で出版されたのでしょう。

「狂歌絵本」のスタイル

タイトルの『養鼠玉のかけはし』には「がんばって育てる(養う)と宝のようなかわいいネズミを手に入れられます」といった意味合いがあるようです。作者は「春帆堂主人」となっていますが、本当の名前はわかっていません。

当時、ネズミを飼う人たちは「養鼠家」と呼ばれ、仲間同士で飼育の情報を交換していました。そうした状況の中で、春帆堂主人は飼育方法を初心者に周知するためにこの本を出版したと考えられます。

初心者向けネズミ飼育本

本書は上巻・下巻に分かれており、上巻にはネズミがどのような生き物かなどの基本情報や、さらにいろいろなネズミの種類(ムササビなどの説明も)を紹介しています。

下巻ではネズミの購入方法、鳥屋(とや)と呼ばれるケージの作り方、エサの与え方、芸の教え方などが書かれています。上巻が総論で、下巻が実用書といったスタイルです。

江戸時代に流行った狂歌を集めて挿絵を入れた「狂歌絵本」のスタイルである点もこの本の特徴です。小さな子どもも楽しみながらネズミについて学べる本だといえます。

挿絵にも子どもがネズミを買ってもらう様子が描かれています。ネズミを売るお店がすでにあったことがわかるのも、興味深いですね。

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写真出典:養鼠玉のかけはし 上巻 – 国立国会図書館デジタルコレクション

ラットの飼育が主流?

本書で扱っているネズミについては「常の鼠」としています。常の鼠とは日常生活で家に住みついて害を及ぼすネズミのことであり、マウス(ハツカネズミ)とラット(クマネズミ、ドブネズミなど大きめのネズミ)を指します。

本書では小さなネズミを「はつか」、つまりハツカネズミとしているため「常の鼠」はラットを指すと考えられます。

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写真出典:養鼠玉のかけはし 下巻 – 国立国会図書館デジタルコレクション

ユニークなのは「ネズミを人に懐かせるなら、小さなころから飼い懐かせて芸を教えましょう」とあること。まだ子どものネズミなら懐かせやすいというのは、経験上得た知識でしょう。現代に通じるものがありますね。

「変わったネズミ」の意図的な産出には懐疑的

ラットを繁殖させていれば、当然ながら突然変異も発生します。本書では変わった模様、珍しい毛色のネズミについてもイラスト付きで解説しています。

変わったネズミについての読みと解説は、安田容子先生の論文「江戸時代後期上方における鼠飼育と奇品の産出―『養鼠玉のかけはし』を中心に―」(国際文化研究 (16) 206-218 2010年)を参考にしています。

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写真出典:養鼠玉のかけはし 下巻 – 国立国会図書館デジタルコレクション

たとえば右側、白いネズミは「狐鼠」とあります。「きつね色」ということで、おそらくベージュだと考えられます。

左側の黒いネズミは「とっそ」と呼ばれていました。尾は短め、体の長さも短めのネズミです。「ちっちっと鳴く」とあり、他のネズミと鳴き声にも特徴があったと思われます。

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写真出典: 養鼠玉のかけはし 下巻 – 国立国会図書館デジタルコレクション

右ページの黒色と黒色の小さなネズミは「豆鼠」「豆ノ班」「白の豆」と呼ばれていました。左側は「斑鼠」「はちわれ」「鹿」です。

おそらく手前のネズミが「鹿」でしょう。「鹿」は「大きな鼠である」といった説明もあります。奥の2匹、向かって左が「まだらネズミ」、右側が「はちわれ」ですね。

珍しいネズミ「奇品」は高価であり、裕福な人しか購入できなかったようです。変わった毛色のネズミを作り出すマニアもいました。

しかし『養鼠玉のかけはし』で春帆堂は、珍しいネズミを作るのは自然に任せるべきであるという考え方を持っていました。むやみに繁殖させるのはよくないというスタンスだったようです。

珍しいネズミの繁殖ガイド『珍玩鼠育草』

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『養鼠玉のかけはし』の出版からおよそ20年後、『珍玩鼠育草』というネズミ飼育本が出版されました。

タイトルに「珍」がついていることからもわかるように、珍しいネズミを作り出す方法が詳しく書かれている点が特徴です。20年の時を経て、当時の人たちにさらに余裕が出てきたのも理由かもしれません。

ネズミを愛するのはめでたい!

本書の序文では、「ネズミが集まる家は裕福になる」とネズミを縁起物として解説しています。特に目が黒く白いネズミは「縁起がいい」といっています。

穀物の神、商売繁盛の神として信仰されてきた「大黒天」の使いとされるのが目の黒い白ネズミです。大黒天像の足元に白いネズミが添えられている姿は、今も神社などで見られます。

さらに十二支の一番目である点も、「福」がある生き物だとしてとらえられる理由でしょう。白いネズミを飼う行為そのものが、幸福を呼ぶ象徴的な意味を持っていたと考えられます。

白ネズミは隠元禅師によって中国からもたらされたと本書に書いてありますが、本当かどうかは不明です。ただ、実際にペット用マウスを「南京ネズミ」と呼ぶこともあるので、中国から来た説は濃厚だといえるでしょう。

『珍玩鼠育草』で取り扱うネズミは、はっきりわかっていませんがおそらくマウスだと考えられています。子どもが手のひらに乗せている挿絵からも、マウスだと予想できますね。

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写真出典:珍玩鼠育草 – 国立国会図書館デジタルコレクション

栄養バランスに配慮したエサを推奨

エサは黒米(玄米のこと)を推奨しています。ビタミンBが多く含まれているため、ネズミのためにも理にかなっているといえるでしょう。

また、淡水魚である「もろこ」を焼いて食べさせるのもよいとしています。動物タンパクを与えることをすすめているのです。

さらに、大根や青菜など野菜も与えるように記しており、ネズミのために栄養バランスを考えていたことが分かります。

珍しいネズミを作り出して育てたい

変わった毛色のネズミを作り出すことについて、『養鼠玉のかけはし』の作者は懐疑的でした。一方で『珍玩鼠育草』では、むしろ作り出し方を詳しく説明しています。

珍しいネズミの交配を通じて、性格や毛色の特徴を次世代に残す方法も伝えているのです。芸を覚えやすい個体や、人に馴れやすい個体を繁殖に回すといった記述もあります。

つまり1866年のメンデルの法則より前に、遺伝について説明されている本だといえるでしょう。

しかも、この時代の変わったネズミは、現代の疾患モデルの研究に欠かせないミュータントマウス(遺伝的変異を持っているマウス)の起源でもあるのです。

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写真出典:珍玩鼠育草 – 国立国会図書館デジタルコレクション

「鼠種取様秘伝」と書かれたページから育種方法の説明がスタートします。この模様はどうもネズミのケージの網のようで、遊び心がありますね。

江戸時代の変わったネズミとは?

『珍玩鼠育草』を全訳、解説している寺島俊雄先生によれば、当時の愛好家たちは毛色や模様、体型の特徴によってネズミを区別していました。さらに、それぞれに名称を付けていたそうです。

確認できる品種名は少なくとも15種にのぼります。続編の出版予定もあったようで、そこに加わったネズミの種類を入れると18種類となっています。

この挿絵には「熊ぶち」「月の熊」「頭ぶち」「黒目の白鼠」「豆ぶち」が描かれています。

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写真出典:珍玩鼠育草 – 国立国会図書館デジタルコレクション

『珍玩鼠育草』で取り上げている代表的なネズミ5種の品種名と特徴は以下の通りです。

  • ぶち:体に斑模様がある
  • 月の熊:全体は黒毛で首に三日月のような白い模様
  • 頭(かしら)ぶち:体部は白く頭部が黒い
  • 黒眼の白:白い毛に黒い目を持つ
  • 豆ぶち:白い体に小さな黒い斑点が散っている

「豆ぶち」は特に人気がありました。現代の実験用マウスにつながる系統の祖先であると考えられています。江戸時代のネズミの遺伝子が今も受け継がれているのは驚きですね。

まとめ

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江戸時代、ネズミをペットとしてかわいがることが流行りました。『養鼠玉のかけはし』『珍玩鼠育草』という飼育本も2種類出版されるほどでした。

『養鼠玉のかけはし』はネズミ飼育初心者向けに書かれたものです。ネズミとはどういう生き物か、どう飼育すればいいかといったことがメインになっています。珍しいネズミが生まれたとしても、それは偶然のたまものであり繁殖させることはあまりすすめていません。

20年あとに出版された『珍玩鼠育草』は飼育の基本に加えて、珍しいネズミを繁殖させる方法に重点を置いています。その是非はともかくとして、当時のネズミ愛好家が作りだした「豆ぶち」のルーツを持つネズミが今も実験動物として存在しているというのも興味深いですね。

どちらの本も国立国会図書館のデジタル資料で読むことができます。江戸時代の人のネズミへの思いをのぞいてみてはいかがでしょうか。

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